カズベク 2月18日

鍵をドアのとなりのゴミ箱の下に置いて、薄汚れたアパートの階段を降りてった。
そういえば、クタイシに親戚がいるから会いに行ってね、
っておばさん言ってたっけ。

行けたら行くよ、って言えないで、
行くよ楽しみ、ってしか言えなかった。

その場限りの気づかいなんて、よくない気の遣い方。
こういうのダメだなって思う。

 

メトロでとなりの駅で降りた。狭くて群がるような雑然とした売店を抜けるとバスターミナル。カズベクまでのバスはすぐ見つかった。

まだ客が足りてないから待ってろだって。
売店でパンを買って食べてると日本人の旅行者もいっしょだった。
明日に帰国するみたい。今日カズベク行って、夜帰るつもりだって。ずいぶん急ぎだけど、間に合うのかな?

コーヒーをもらって飲んでたら、Tシャツがまっ茶色になってる…なにこれ?まさか口から溢しながら飲んでたなんて、赤ちゃんじゃないんだから…もぅ、早く洗いたい。

2時間待っても人は集まらなくて、その人はもう間に合わないからってカズベクあきらめて去ってった。

しばらく待ってると欧米人のバックパッカーが2人きて3人で出発することになった。

 

クルマはトリビシを出発して、北へ。
湖畔のアルメニア正教会で停めてくれる。
やっぱりこれはバスじゃなくて乗り合いタクシーだって話になった。バスだったらこんな観光地停めてくれないもの。
すこし高くてもラッキーだったのかもしれないけど。

 

北に行けば行くほど標高は上がってった。
クルマはぐるぐると丘をのぼってく。
そのまま雲の中に突入して、もう霧で何もみえなくなってた。

ほらみてごらんってドライバーが真っ白い霧を指さした。
ココは絶景ポイントなんだよ。
道路脇は雪積もってるし。

トリビシとカズベクを結ぶ道は、旅行者のあいだで軍用道路って呼ばれてて有名だった。
絶景の連続って聞いてたんだけどな、でも天気が相手だし。

 

不気味な岩から溢れてる水を舐めてみる。
あれ?辛いね。
炭酸みたいだね。
たくさんのミネラルが湧き出してるんだよって教えてくれる。
エイリアンみたいな岩はミネラルが固まったものなのかな?

遠く、ずっと遠く。岩山の間に小さな村が見えた。
あれがカズベクだって。
見えてるのにまだまだ遠くにあって、着くのに時間がかかるみたいだけど。
そして、そのむこうにはロシアの国境があった。

 

たどり着いたカズベクの村、目の前の岩稜がデカすぎてすごい。
うーん、コーヒー飲みながらぼんやり見てたいけど、まだ宿を決めてなかった。

バックパックを背負って村を歩いた。
やっぱり中心近くの宿は高くて泊まれない。1000円ぐらいであればイイんだけど。

橋を渡って坂を上がってく。
なんか懐かしい感じのする村だなって思う。お正月ぽいというか。
何軒かあたって1000円の宿が見つかった。
部屋はシャワールームもあって新しくてピカピカ。安いねーって言ったら夏は3000円取るよーだって。冬は人が少ないから。

 

カズベクの丘には有名な修道院があって…
修行で僧たちは登ってったみたい。観光客は3000円払って4WDに乗ってくみたいだけど、そんなお金はなかった。

せっかくだし自分の脚で登ることにした。修行僧みたいに。

修道院は見えてるし、余裕でしょ。

ぜんぜん余裕じゃなかったけど。草で滑って崖から落ちそうになるし、途中から息切れて数歩ずつしか歩けなくなるし。
なるほど、4WDつかう。これは。

修道院に着いたときはへとへと。崖の上には修道僧がいて、頑張ったし、これは褒められるって思ってたら、そっちから入るなって怒られた。
修道院の前には、すごい大地が広がってた。
下からみてて狭い崖の上にあると思ってた。
建物に入ると目の合った修道僧が憐れに感じたらしく、小さな暖炉の前に椅子を置いてくれた。
たしかに震えてたけどね。
めちゃめちゃ寒くてしばらく暖炉にあたってた。

こんな世界の果てみたいな場所によく造ったねって思う。
寒いし。

 

帰り道は迷わずそこに停まってた4WDに乗せてもらった。
これはこれで崖から落ちそうでスリルいっぱいだったけど。

村に戻ったら日が落ちてた。
帰りに4WD乗らなかったらヤバかったかもしれない。真っ暗い山道でオオカミとかグリズリーに襲われてたかもしれない。

わびしい感じの安い食堂を探して入った。
店のおじさん、最初はムスっとしてたけど、クルマの話になると急に目が輝きだして、ノンストップでしゃべりだした。
私あまりクルマ知らないんだけどね…

食堂を出て振り返ると村の灯りが谷に広がってきれい。
クリスマスかな?

寒くて手を暖めた。
あの道を左へ、たった数キロでロシアの国境がある。
きっと国境のむこうにも、こんな村がぽつんぽつんとあるんだろうな。