カパン 2月10日

おじいちゃんが国境を越えるルートを紙に書いてく。
さっさっとペンを走らせてく。

アゼルバイジャンスクエアまでタクシーで500円ぐらい。
うー…高い、バスでいけないの?
直接バスはない、乗り換えないとね
うん、わかった…
アゼルバイジャンスクエアからジョルファの街まで乗り合いタクシーで700円。
うん。
ジョルファから国境のアガラックまでタクシーで1000円だね。
乗り合いタクシーはないの?
そこまで人は集まらないだろうね。

書いてくれた紙を丁寧に折ってお財布に入れた。
イランからアルメニアへ国境を越えるルート、きっと何十年も似たような人を見送ってきて、同じことを紙に書き続けてきたんだろうな。
なんだか書くのが嬉しそうだった。

いままで、ありがとうね。
荷物をまとめて家を出た。

タクシーでタブリーズ北側のアゼルバイジャンスクエアという場所へ。

着いたのは郊外の黄色い集合住宅のならぶロータリーだった。
降りると人が集まってくる。
みんなタクシードライバーだった。
すぐにジョルファの街までの乗り合いタクシーは見つかったんだけど、私が最初の客。あと3人集まるまで待たなきゃ。

 

道路横の売店でチャイを飲みながら、イランの人とおしゃべりする。

みどり子ってジャパニーズアニメ知ってる?
え?みどり子?笑、知らないよ
イランで有名なんだよ

その人はみどり子!みどり子!って言いながらスマホを前に突き出してる。

え?え?笑笑、知らない知らない笑
ひとりはゾンビなんだよ
え、え?絵を見せて!?

見せてもらったけど、ゾンビって…?
笑いすぎてお腹いたい。

 

売店で話してたり、お菓子をもらったり、北へむかう道路を眺めたり。
2時間ぐらい待っても客は2人しか集まらなかった。
あきらめてタクシーは出発した。
標高1300mにあるタブリーズから北へ。どこまでも広い、遠くに山脈がみえる。
休憩をするといっしょに乗ってた無口な老人がチャイを奢ってくれた。
外はすこし寒かった。

 

数時間後、アゼルバイジャン国境の街ジョルファ。ガソリンスタンドで給油したあとロータリーで降ろされる。
別のタクシーに乗り換えてアガラックといわれる国境へいくんだけど、1000円で行ってくれる人がなかなか見つからない。
タクシーは往復しなくちゃいけない、この時間に帰りに国境から人を乗せれないと赤字になるみたい。

困ってたら、まあ、いいよって痩せたおじさんが乗せてってくれた。
ジョルファとアガラックの間は山道で、すごい景色。
観光客の見れない岩山の盆地が広がってて、なんかキルギスみたい。

左側に白い柵が並んでる。
アゼルバイジャンの国境だって教えてくれる。アゼルバイジャンとアルメニアは戦争をしてて国境を封鎖し合ってた。

アガラックについた。
ドライバーのおじさんと別れる。親切なおじさん、国境で帰り道の客をつかまえれますように。いろいろ教えてくれてありがとうね。
少年が近づいてくる。彼は両替屋。
レートは悪くなかったから最後のイラン紙幣をアルメニア紙幣に替えてもらった。

国境なのに人がいない。
雨がふってて世界の果てみたい。
巨大な岩山に囲まれてて、厚い雲が頭上をおおってる。

イランとアルメニアの間には1本の長い橋がかかってた。
白と赤と緑のボーダーで塗られてる橋をてくてくと歩いてく。
風が強くて寒い。

 

アルメニアの国境には係りの人さえいなかった。
しばらくベンチで待ってるとぶっきらぼうなデブのおっさんがやってきてスタンプを押す。
イランの時みたいに挨拶してにっこり笑ってみたけど、にこりともしてくれなかった。
きっと今日からは旅人ってだけで親切にされたりはしないのかも。

イミグレを出るとタクシーが待ち構えてたけど高かった。100km離れた北の街まで5000円ぐらい。

無視して歩いてく。

高いのは知ってたし、だからヒッチハイクで行くって決めてた。

北にとぼとぼ歩いてクルマが通ると手をあげてヒッチハイクする。
哀しいのだけどクルマがぜんぜん通らなかった。
ときどき通ってもイランみたいには停まってくれない。
やっと停まったと思ったらデブのアルメニア人に7000円も要求された。しかも真顔で。

 

ぜんぜん停まらないから、なんか落ち込んできた。
1時間ぐらい歩いてたら1台のバンが停まってくれる。1000円で乗せてってくれるみたい。やったー!

はじめはバンの人たちは家族なのかなって思ってた。
けど村々で停まっては荷物を載せたりしてる。家族じゃなくて乗り合いタクシーだったみたい。
イランと違って人がすこし暗い。というか無言で耐えてるようにみえる。

バンは山道をすごい勢いで走ってった。
外は霧になって何もみえない。崖から落ちたらどうしよう。
ぐねぐねと山道を登りながら霧のむこうに真っ赤なテールランプがみえた。

カパンの街に着いたら真っ暗になってた。
最後の乗客は私で大きなホテルの前で降ろされる。
ふつうのホテルだよ…高くないのかな?
ロビーもあるし、立派なカウンターもあったけどスタッフの女の人が明るくてほっとする。
聞いてみたらシングルがなんと1000円。ふつうのホテルが1000円。
すごいうれしい。

シャワーを浴びて洗濯をした。
スピーカーを出してiPhoneから音楽を流す。大きなベッドでごろごろ。
そういえばお腹へったな…

夜、ホテルの下の寂しいレストランでホカッチャを食べてたら(めちゃめちゃ美味しかった)、ゴッツいオジサンに話しかけられる。
トランプはノーだって言われる。
いきなり政治ですか、私も大キライだけど。

英語が話せないみたい。アルメニアの外国語はロシア語だった。
スマホを渡される。
電話の相手は娘で英語がぺらぺらだった。
すごい流暢で、うぐってなる。

私が電話でしどろもどろに話してたら、目の前でおじさんがにっこりしてる。
きっと娘が大好きなんだろうけど。
しゃ、しゃべるの速くてついていけないんだけど…