カラチ 1月13日

せまい路地裏からイフラックがバイクを引きだしてる。
彼のバイクはYAMAHAの125ccで、他の人のバイクより一回り大きく立派だった。
パキスタンのバイクはほとんどがHONDAの75ccだって言ってた、だから遅くて坂道が登れないって、HONDAはダメだって。

私がうしろに座ると、大きなエンジン音をたててバイクは走り出した。
コミュニティの門を抜ける。顔見知りになった何人かに手をふった。もう一台のバイクが後ろからついてくるのがみえた。
今日は2台のバイクをつかって4人でカラチの街を走り回ることになってた。

カラチはパキスタンでいちばん大きい街。
ラホールやペシャワールに比べると道が広くて街も新しくみえる。それでも交通量は日本よりずっと多かった。

すこし離れた場所にあるクリケットの広場に連れてってくれた。
芝生がひろがってて空が広い。
すごく立派にみえる。
敷地にはすこし古そうな美しい建物があって、新しいカラチの街には違和感がある。蔦がからまってるけど何百年も昔の建物のようにはみえない。

練習場所に行くとイフラックは何人にも声をかけられてた。彼は明るくてほんとうに友達が多かった。

クリケットのバッドを持たせてくれた。
すごい重くてびっくりした。野球のバッドみたいに振り回すことなんてできなそう。値段もとても高いみたい
イフラックが投げたボールにバッドが当たった。
ぜんぜん振ってなくてボールが当たっただけなのにカコーン!と飛んでく。すごく気持ちがよかった。
イフラックは毎週のようにここで試合をしてるって言ってた。

すぐ横に動物園があって4人で園内をうろうろした。
なんか孔雀がいっぱいいた…あと時々ライオンや象とかワニもいたけど、どこか寂しい感じがする。立派な動物園なんだけどなんでだろう。砂ぼこりでくすんだ感じがするからかな?

20円払うと小さな小屋の中に入れる。
なかには鹿の身体に人間の顔を持った動物がいた。驚いたことに落ち着き払って人間の言葉も話す。これで20円ならすごい安いかも、人面鹿が何かジョークを言うたびにみんなで笑う。

海に行こうっていう。
でもその前に警察署に連れていかれた。
カラチでは外国人を民間人が泊らせる場合は許可が必要みたい。そしてイフラックは私の責任者で保護者になる。

私のビザのために招待状も書いてくれて3日間の部屋と食事も用意してくれた。そしてこんな煩雑な手続きまでしてくれてる。私は彼に恩を返さなくちゃいけない。そしてそれは日本で返すことになるハズ。

パキスタンの常で警察の人たちも旅行者にはとても親切だった。

カラチの海沿いには高層ビルが並んでた。
パキスタンで高層ビルをみるのは始めて。
金持ちと外資系企業の駐在員は海沿いの高層ビルに住んでるって言う。走ってるクルマもピカピカの高級車ばかり。パキスタンではボロボロの日本車ばかり見てきたからびっくりした。

イフラックはパキスタン語に英語、ワヒ語に中国語の4つの言葉が話せる。でもフンザの山岳地帯の出身だから貧しかった。
能力なんかでは貧富は決まらない。格差が大きいってのは個人の問題じゃないくて構造の問題なんだ。

海沿いには高そうなショッピングモールに駐車場待ちの高級車が並んでる。
私はそういうのをみてうらやましいなんて思わないけど、パキスタンの貧しい人たちはどうなんだろう…

バイクは何も走ってないまっすぐの路をハイスピードで走ってく。右には海がみえて青空にシルエットを落とす建築中の高層ビルをいくつも通り過ぎてく。
高層ビルを見上げてると、そのままバイクから転げ落ちそうになる。

建物もなくなってって、テトラポッドのならぶ波止場についた。
4人で突堤に駆け上がると人を満載したボートが海を渡ってくのがみえた。まるで難民船みたいにみえた。

すこし離れた場所にパキスタンのカラフルにデコレートされたバスが青空をバックに何台も停まってた。

レストランで怪しい感じの大人ふたりと会って食事をしながら、イフラックが何か書類をわたしてる。
なんか不安だった。彼らがうさん臭かったから。
お金が請求されたりするんじゃないか?って思った。
ずっと親切にしてくれた人が最後にお金を要求してくるんじゃないか?って、最後に気持ちを裏切られるんじゃないかって思った。
でも二人が去って、何も起こらなかった。
名物だよって教えてくれた初めて食べたカレーっぽい食事も美味しかった。
彼らは役所の人で外国人の私に手続きに必要だったみたい。

バイクにのって空を見上げる。
雲ひとつない青空がすこしづつ薄暗くなってく。たのしかった今日がおわりそう。

最後に大きな公園とその中心に建てられた墓標につれてってくれた。公園はとても整備されてて、墓標は幾何学的な建物で小さな博物館になってた。
中には見たこともないような大きくて古いリムジンが展示されてた。パキスタンを作った初代首相の墓標だっていう。

パキスタンがインドから独立したのは戦後だから、その首相の写真もいっぱい残ってた。ほっそりとスマートでムスリムなのに髭がなくて白いスーツがとても似合ってる。
閉館時間が来てたから、ゆっくり見ることはできなかったけど。

夜はフンザの人たちが集まる結婚式のセレモニーに参加した。
食事を振る舞われたりしてるとお腹いっぱいになる。それでも食事を振る舞われるから苦しいくらいになる。

イフラックが踊るとみんなが喜んで手をたたく。明るくて華がある彼は女性からすごく人気があった。
私はなんとなく手持ち無沙汰で、赤ちゃんを抱っこして会場を歩いてた。すごくかわいいから時々ほっぺたにキスをしてた。

夜中にイフラックのお兄さんが来て、私をバイクに乗せて家に帰った。
お兄さんはイフラックに比べると物静かで明るさがなかった。でも安心感があった。

きっと派手なイフラックは朝までずっと踊り続けるんだろうなって思う。

夜のカラチのネオンがバイクのうしろに流れてく。
ハイウェイのトラックをビュンビュンと追い越してく。

当たり前のように続いてたパキスタンの毎日が今日でおわる。
明日はインドの国境へ、そして日本へ帰る。