ヌクス 1月20日
ウルゲンチ行きのバスがぜんぜん来なかった。
昨日、バスはココに停まったのに…ヒヴァの城壁の外、バザールの横。
この時間は来ないのかもしれない。
周りの人に聞くと、反対側からタクシーに乗れだって。それは知ってるけど、タクシーは高いから使いたくたかったから。
待っててもしかたないし反対側までバックパックを背負って歩いてった。
城門をくぐるとタクシードライバーに声をかけられた。黒一色のスノッブな服にイヤな予感がする。やっぱりぼったくり価格だった。こういう服きてる人はたいてい金目当てだった。
話しててもディスカウントもしないみたいだから、無視して大通りまで歩いた。
テキトーに乗り合いタクシーを拾ってウルゲンチへ。
ヒヴァからヌクスまではバスがないけど、長距離の乗り合いタクシーがウルゲンチの球場の横から出てるみたい。
郊外の閑散とした球場につくと、すぐに目的のタクシーは見つかった。
300km離れたヌクスまでたった400円、しかもドライバーはよぼよぼしたおじいちゃん。
タクシーは私ひとりで走り出す。ひとりってことはないよね、それだと400円は安すぎるし。
綺麗なカフェの前でタクシーは停まった。
ココで他の客を乗せるみたい。
待ってる間に旅のコーラを買う。旅のコーラはヌクスまでの300kmの旅をぜいたくにする。
タクシーの横でコーラの飲みながらぼーっとしてると、サングラスの男とその彼女、深刻な顔をした女性の3人が後部座席に乗ってきた。
それにおじいちゃんドライバーと私を含めた5人が旅の仲間。
タクシーが走り出す。
道中、サングラスの男は彼女に喋り続けてた。
おじいちゃんはカチカチと腰を丸めてギアを変える。
巨大な橋を渡ってるときに何もない場所で停まった。
深刻そうな女性が飛び出て道端にゲロを吐く。
おじいちゃんはタバコに火をつけて遠くをみた。
みんな個性あるし。楽しくなってきた。
タクシーは荒れ地を走り続けて、砂漠を通る1本の道を突っ切る。
一面の黄色い大地を走ってく。
ときどきロシア製の迫力あるトラックが反対車線を通り過ぎてく。何を積んでるんだろう?どのくらい旅してきたんだろう?
遠く、砂漠を線のような小さな貨物列車が走ってた。
それは緑色にみえる。
タクシーが速度をあげると貨物列車はだんだんと大きくなってった。
いつの間にかタクシーと並んで走ってる。巨大な鉄の塊が轟音をたてて砂漠を走ってた。
すごい…こんな体験もうぜったいできない。
ヌクスに入るとおしゃべりでチャラいサングラスの男が宿はあるのか?と心配してくる。
15ドルぐらいで探すつもりって言ったら、待ってって電話でいろいろ調べ始めた。
この人、めちゃめちゃいい人!
彼が調べたところ、ヌクスは観光地じゃないからホテルもほとんどなくて、だから高い。3000円近くするみたい。
た、高すぎ!
1番安いのはホテルヌクスだねって、ドライバーのおじいちゃんはホテルヌクス前で停めてくれた。
ココで旅の仲間とお別れ。
ホテルヌクスは立派にみえた、外からだと。
中は思いっきり工事中、コンクリート剥き出しだし、ドリルの音が響いてる。
階段に散らばるコンクリートの破片を避けて中に入るとカウンターがある。
入るとカウンターから声をかけられた。
ホテル廃業したのかと思ってた。まさかやってたんだ…
ホテルヌクスは旧ソビエト時代のホテルで、古き良き共産主義の空気が残ってる。
プラスチックのソファーとか。バカでかいむき出しの配管とか。火事で燃えたようなヨーロッパ調の壁紙とか。
迫力あるな…
聞くと、1泊やっぱり3000円するし、それでもこの街でいちばん安いらしい。3000円はかなりきっつい。でも、なんとか2000円までディスカウントしてもらえた。
部屋には重厚な絨毯とベッドがあった。
シャワールームのタイルが血みたいに真っ赤なのがメンタルにくる。
部屋の絨毯の上を小さなネズミが走ってった…ゴキブリやヤモリは何度も見たことあるけど、ネズミは初めてかも。
まあ、いっか。
宿代がなかったから銀行に両替にいった。
大通りを越えて綺麗な銀行に入ると外国人が珍しいみたい、受付のコといろいろ話して笑い合う。
ヌクスには何もなくはない。
イゴール・サヴィツキー記念カラカルパクスタン共和国国立美術館がある。
ロシアアバンギャルドの作品をたくさん集めてるみたい、よく分からないけど。
このホテルにいてもしかたないし、行ってみようと思った。
通りをいくつか越えるとレトロな旧ソビエトっぽい2つの建物についた。
1階にバッグを預けて2階へあがる。
あてが外れてめちゃめちゃすごい美術館だった。
どれもすごい作品ばかり。今まで世界でみた美術館のなかでもすごいと思う。美術館にお金がないからか額縁は薄い木の板だったけど、どの絵もすごくて見入ってしまう。
ロシアアバンギャルドっていうのは旧ソビエト時代に描かれた現代絵画のことみたい。
同じ場所を行ったり来たりしながら何度も同じ絵をみてた。
興奮気味にもうひとつの建物まで歩いてると、広場で日本語で話しかけられた。
こんな辺境の地で日本語?
彼はにこにこしながら笑ってる。話してみると異文化交流で日本に行ったことがあるみたい。この美術館の学芸員をやってる人。
彼がガイドをしてあげるよっていっしょに美術館を見て回った。
ムスリムの人たちは親切をしたがるけど強制はしてこない。必ずif you want(もし、よかったら)と付け加えてくる。
夕陽で暑い広場をいっしょに歩いてるとき聞かれたこと。
なんで日本人は電車に飛び込むんですか?
過労死のこと??
お金がないのならわかるけど、あるのに自殺するんですか?
逃げる余裕がないほど追い詰められてるのかな?
命はいちばん大切では?
うん…
すこし無言でふたりで歩いた。
彼にWifiがつながるカフェまで案内してもらえた。日本で再会する約束をして連絡先を交換した。
カフェでヨーグルトを飲んでホテルに帰った。
ホラーみたいなシャワーは問題なくお湯がたっぷりでたし、ベッドも大きくてふかふか。
下をカサカサとネズミが走るけど。
きっと半径100km、日本人なんて私だけなんだろうな。
分厚いカーテンのむこうにまぶしい満月がみえた。
なにもなくても、私はこの街が好きだった。