ムクティナート 5月28日
ジョムソンの早朝はめちゃめちゃに寒くて吐く息が白くなった。
まだ暗くて世界に色がなくて街は深い青だけ。
この深い濃い青の感覚。ジョージアの村がそうだった。同じように早朝で、そのときは雪がちらほらと落ちてきて、周りに誰もいなかった。
バンはヒマラヤの広くて荒涼とした渓谷を走った。
むこうの丘にみえる建物は古の城塞みたい。近づくとホテルの廃墟だったけど。
朝の光が谷間から差し込んで1000年続く村を照らした。近づくと村じゃなくて街だったけど。
ぜんぶがぜんぶファンタジーゲームみたい。
風が冷たくても窓を開けて写真を撮った。
ムクティナートのバスターミナルは広くて、大きなツーリストバスが何台も停まってた。
ムスタンって言っても秘境とは限らないのね。
バスターミナルの近くの宿は2000ルピーとかする。
奥の方の宿は安いみたいで、街の奥へ、高いとこへ歩いた。
何軒目かで1500ルピーで3階の窓際の部屋がとれた。
他の宿もかなり埋まってて、もしかしたら観光客が多いのかなって不安になる。観光客であふれた観光地はキライだ…
丘の上に金色にかがやく仏像がみえる。行ってみようかな…
標高4000mは息が切れた。
たくさんのタルチョがバタバタと風にはためいてる。
タルチョはチベット仏教の旗。黄緑赤白青の5色の旗は大地、水、火、風、空をあらわすみたい。
それが風ではためくたびに書かれた経典の文言がヒマラヤの空に飛んでく。ヒマラヤから世界中に経典の言葉がひろがっていく。
誰もいなかったから強くお祈りをした。
ここムクティナートはヒンドゥー教の聖地で、多くの人はそっちの寺院を目指すみたいだけど、私はヒンドゥー教にはぜんぜん興味がなかった。
丘からは標高4000mのヒマラヤの山岳地帯がみわたせた。
すこし遠くに小さな村々がみえる。どれも小さくて石壁がぼろぼろになってて歴史を感じる。旗が立ってるものだから、なんだが時代劇とかでみる野盗の拠点みたい。
歩いて行ってみることにした。
小川を越えて歩いてくと菜の花がさいてて蝶がとんでる。なんだか桜の木もあるし日本昔話の絵本にでてきそう。
村に近づくと遠くからみるよりさらに小さくて、家が3軒くらいしかなかった。
塀の内側ではヤギや牛が飼われてた。
誰もいないみたい。
クルマの音がしたからあわてて村から出た。
村の人たちかな?
はちあわせしちゃったから、ごまかして手をふったら、おもしろそうに来いって言われる。
家の中に招待された。窓が小さくて暗かった。
4人家族に今日は親戚のおじさんも来てるみたい。もしかしたら村というよりこの家族の家なのかも。
招待してくれたお父さんは明るいけど英語は話せなかった。かわりに親戚のおじさんが色々と話してくれる。長男は私に興味津々で長女はスマホばかりみてる。
なんだかバツが悪いようなー…
座ってもじもじしてたら鶏の臓物を炒めた料理とお酒をだされた。それがめちゃめちゃに美味しかった。
なんだかしてもらってばっかりだ、何か返せればいいのだけども…
あ、そういえば
バッグの奥にあった最後の日本円の1000円札をお父さんに渡した。ムスタンでは日本円の両替はむずかしいと思うけど…
それでもお父さんは天にかかげてすごく嬉しそうにしてくれた。
歌まで歌ってそれがあんまり嬉しそうだから、めちゃめちゃ恥ずかしくて、隠れたくなった。